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大阪地方裁判所 昭和42年(借チ)25号 決定 1968年7月10日

主文

一  別紙目録二記載の賃貸借契約の借地条件をつぎのとおり変更する。

1  目的

堅固な建物の所有

2  期間

昭和三五年九月一日から五〇年間

3  借賃

本裁判確定の月の翌月から一月金二二万五七七四円

二  申立人は相手方に対して金九七二万円を支払え。

理由

本件申立の要旨は、別紙目録二記載の賃借権につき、同目録一記載の目的土地が防火地域の指定をうけたこと、および、附近の土地の利用状況の変化したことを理由として、堅固な建物所有を目的とするものに借地条件の変更を求めるというにある。

本件において取調べた資料によると、

1  本件土地をふくむ大阪市東区北浜二丁目八六番地、八七番地の土地合計240.9平方メートル(73坪)は、今次戦争中右地上の相手方所有の建物が強制疎開により取りこわされて空地となつていたところ、昭和二一年二月申立会社代表者浅香忠雄個人が相手方より非堅固な建物所有の目的でこれを借り受け(その際、敷金や、いわゆる権利金の授受はなかつた。)、そして申立会社(右浅香忠雄のいわゆる個人会社)が右地上(申立会社が右土地を整地後建物建築前に、相手方の求めにより右賃借土地の一部を相手方に返還し、賃借部分は本件目的土地に減少した。)に床面積49.5平方メートル(15坪)の建物を建築し、木村家製パン株式会社総本店という看板をかかげて喫茶店等の経営を始め、右土地の使用をしてきたこと

2  相手方は右返還をうけた部分に建物を建築して料理飲食店を経営していること

3  当時本件土地につき堅固な建物所有を目的とすることが相当であると言えなくはない状況ではあつたが、社会経済上、堅固な建物を建築することはできない状況であつたこと

4  申立会社は、その後、逐次、増改築して昭和二五年一一月頃には、本件地上の建物は、木造セメント瓦葺地階平家建店舗床面積63.10平方メートル、附属建物木造亜鉛メッキ鋼板葺店舗地下一階平家建床面積30.11平方メートル、地下99.17平方メートル、外木造スレート葺二階建建物床面積82.64平方メートルとなり、右建物で喫茶店の外飲食店、理髪店が営まれていたこと

5  本件土地については、大正一二年七月一三日市街地建築物法にもとづく内務省告示第二二七号で防火地区に、その後昭和二五年一一月二三日建築基準法第六〇条にもとづく防火地域に指定されたこと

6  その後、借賃増額請求から紛争が生じて、昭和三二年一〇月、相手方は浅香忠雄に対して、賃料不払と申立会社に対する無断転貸を理由に賃貸借契約解除の意思表示をした上、右浅香と申立会社とを被告として建物収去土地明渡訴訟を提起し、昭和三五年八月二四日、当事者間に訴訟上の和解が成立し、同日限り右浅香と相手方との間の賃貸借契約は解除となり同日申立会社と相手方との間に賃貸借契約(借地条件は借賃額の点を除き、その余は目録二記載のとおり)が締結されたこと。当時、本件土地の近隣には堅固な建物が建ち並んでいたこと

7  本件土地は大阪市の中心地の一と目される北浜証券街の一角にあり、南側の電車道路の地下は、京阪電車の天満橋、淀屋橋線が通過し、北側は土佐堀川に面し、地盤沈下による水位の上昇を防ぐために防水壁が設けられ、又本件土地の東側約二〇メートルの北浜交叉点には堺筋地下鉄の建設工事中で、本件土地の周辺は木造建物としては本件地上の申立会社所有の建物と隣接の地上の相手方所有店舗のみで、他はすべて堅固な建物であり、申立会社は、土地の合理的利用をはかるため、地下一階地上五階の堅固な建物に改築する予定で本件申立におよんだこと

が認められる。

右事実によると、昭和三五年八月訴訟上の和解において、申立会社と相手方との間に本件土地の賃貸借契約が締結された当時、すでに目的土地については防火地域の指定がなされており、かつ、堅固な建物所有を目的とするを相当とする状況にあつたのであるから、この時と比較し、現に、堅固な建物所有を目的とすることを相当とする事情の変更があつたとは云えないが、そもそも、申立会社と相手方とは形式上、右訴訟上の和解において新たに賃貸借契約を締結したことにはなつているが、その実体においては、申立会社は代表者の個人名義で本件土地を賃借していたものというべく、そうでないとしても、少くとも右訴訟上の和解によつて、前賃借人浅香の賃借権を譲受け承継したものとみるのが相当である。そして、前記のとおり本件土地につき賃貸借が成立した昭和二一年二月頃においても、すでに防火地区の指定がなされ、かつ、堅固な建物所有を目的とするのが相当であると言えなくはなかつた状況であつたが、当時は社会経済上の客観的状況からも、堅固な建物建築の不可能な状況にあつたこと前記のとおりであつて、(その後において法規上も一五坪以上の建物建築を制限された状勢であつた)現在は右の客観的障害は除かれているので、かかる場合も借地法第八条の二第一項所定のその他の事情の変更により現に借地権を設定するにおいては堅固な建物所有を目的とすることを相当とするに至つたというべきである。

而して、本件にあらわれたその他一切の事情を考慮しても、堅固な建物所有を目的とする借地条件変更を不相当とする事情は見当らないから、本件申立はこれを認容すべきである。

そこで、他の借地条件の変更、財産上の給付等の附随条件について考える。

まづ、本件借地条件変更後の借地権の存続期間および借賃額について考えるに、申立会社と相手方との間の前記訴訟上の和解条項によると借地権の存続期間について定めがないから、借地法二条一項により昭和三五年九月一日から三〇年間で、残存期間は約二二年である点、堅固な建物所有目的の借地権存続期間は少くとも、三〇年以上でなければならぬこと、その他当事者双方の利害得失や諸般の事情を考慮し、借地権の存続期間については、これを昭和三五年九月一日から五〇年間と延長変更することとする。

また、借賃額については、別紙目録三の2のロ記載の鑑定委員会の意見を相当と認め、月額金二二万五七七四円に増額変更することとする。

つぎに、右借地権の存続期間、借賃額の変更をすることを前提として、財産上の給付を命ずる必要があるかどうかを検討するに、本件借地条件変更に伴い、申立人は目的地に堅固な建物を建築することができるようになり、借地権の存続期間も二〇年延長されて借地権の価値の増加が考えられ、従つて申立人は堅固な建物所有を目的とする借地権価額から非堅固な建物所有を目的とする借地権価額を差引いたものの利得を得るに反して、相手方は建物の朽廃による借地権の消滅を期待し得ず、また建物の買取請求に応ずるには大なる資力を要するから、期間満了による借地権の消滅を期待することや賃借権譲渡もしくは転貸を阻止することは事実上極めて困難となること、ひいては土地所有権の処分価値の減少、底地価格の低下という不利益をうけるから、両者のこの利害得失を調整するため、申立会社に対して相当の財産上の給付を命ずべきものと考える。(期間延長による更新料授受の機会の喪失は更新拒絶の正当事由の乏しいと認められる現段階においては、ただちに相手方のうける損失にあげるべきではないと考える。)

ところで、本件においては申立会社が借地条件の変更を求めたものであり、また借地条件変更を相当とするようになつた事情の変化に対して申立会社が特別の寄与をなしたと認められないこと、および、従前敷金とかいわゆる権利金とかの授受がなかつたことにかんがみると、本件借地条件変更による借地権価格の増加額は、前記利害得失の調整上、これを全部賃貸人たる相手方に還元するのが相当であると考える。

鑑定委員会の意見によると、本件につき、堅固な建物所有を目的とする借地権価格は建付地価格の六割当(裁判所も、本件につき、これを相当と解する。)とみていることに徴して、借地条件変更前に申立会社の有していた借地権価格は、本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、建付地価格の五割が相当であると判定する。

そうすると、右の差額である建付地価額の一割が相手方に還元されるべきものであり、右建付地価格については鑑定委員会の意見(3.3平方メートルにつき180万円)を相当と認めてこれを採用し、本件土地の建付地価格九七二〇万円の一割相当の金九七二万円を以て財産上の給付額と定める。

以上の理由により、主文のとおり決定する。(井上三郎)

目録

(目的土地の表示)

一大阪市東区北浜二丁目八七番地の一

宅地193.32平方メートル(58坪48)の内の

178.51平方メートル(54坪)

(借地権の表示)

二右土地につき結ばれた賃貸借

1 契約日 昭和三五年八月二四日

2 当事者 本件申立人と相手方

3 目的 非堅固な建物所有

4 期間 昭和三五年九月一日より、終期につき定めなし。

5 借賃 昭和四二年四月一日より一月一五万一六〇四円。

(毎月五日に前月分を持参支払う。固定資産税その他公租公課に増減のあつた場合は、その増減の都度、旧税額との増減率に応じ、借賃は従前の借賃に右増減率を乗じた額に当然増減する。)

三附随処分に関する鑑定委員会の意見の要旨

1 本申立を認容するに当たつては、他の借地条件の変更および財産上の給付を命ずる附随の裁判をする必要がある。

2 他の借地条件の変更

イ 期間

昭和三五年九月一日より三〇年間とする。

ロ 借賃

一月金二二五、七七四円とするを相当とする。

(算出根拠)

更地価格 (3.3平方メートル)2,000,000円

建付地価格(同上)

借地権価格(同上)

底地価格 (同上)

1,800,000円−1,080,000円=720,000円

継続賃料 (月額)

3 財産上の給付

申立人より相手方に対する給付額は九、四四七、二四六円を以つて相当とする。

(算出根拠)

イ 1,080,000円(3.3平方メートル当たりの借地権価格)×0.14(名義変更料等の割合)=151,200円

ロ 1,080,000円(前に同じ)×0.03(更新料率)×0.733(補正率)=23.749円

(イの151,200円+ロの23,749円)×54(面積)=9,447,246円

四鑑定委員会の右意見中財産上の給付についての意見に対する当事者の陳述

1 申立人の陳述

更地価格は、実際の取引価格は3.3平方メートル当り二〇〇円以下である。本件土地は僅か178.51平方メートル(54坪)で、しかも、北側は川に面し行詰りであるため将来の拡大性がないので、3.3平方メートル当たり一五〇万円が相当である。

借地権割合は、地価の七割を相当とする。国税局が相続税、贈与税の課税標準額としている路線価においては、借地権割合は本件土地の附近では地価の七割としている。

鑑定委員会の右意見中名義変更料等の割合を一四%としているが一〇%位を相当とし、名義変更料等という表現は不適当で、調整料あるいは調整金と表現するのが相当である。

2 相手方の陳述

阪神地区においては、木造建物を堅固な建物に変更する場合の賃貸借契約の更新料については取引事例も少なく、標準化されていない。

そこで、(イ)木造建物の更新料について、この延長期間の更新料の現価を算定し、つぎに(ロ)堅固、高層建物建築による土地の利用効率増加にともなう割増しを行う考え方で、本件の財産上の給付額を定めるのが相当である。

(1) 木造建物のまま賃貸借契約を更新する場合

延長期間を今後二〇年として、阪神間の更新料は更地価格の八%が通例であるから、つぎの如くなる。

2,000,000円(3.3平方メートル当たり更地価格)×0.08×54(坪)=8,640,000円 (A)

更新による延長期間を今後三〇年とした場合、二一年目より向こう一〇年分はつぎの如くなる。

(B)

従つて、今後三〇年間期間が延長される場合の更新料は、右(A)(B)の合計額九、九七九、二〇〇円となる。

(2) 堅固な五階建の建物建築(申立人の計画するもの)による土地の利用効率増加にともなう割増額

木造の場合は地上一、二階を利用し得るにとどまるが、本件申立人の建築予定の堅固の建物(地上五階、地下一階)を利用するとその効用増加は八一%となる。

効用増の計算

階層

1

2

3

4

5

効用比率

1.0

0.6

0.5

0.4

0.4

従つて割増額は

9,979,200円×0.81=8,083,152円

(3) 堅固建物にする場合の更新料

前記(1)の九、九七九、二〇〇円に(2)の八、〇八三、一五二円を加算した額一八、〇六二、三五二円が相当である。

(4) よつて、本件財産上の給付額は一八、〇六二、三五二円とすべきである。

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